クロモジ 忘れ難い日本の森の香り

「クロモジ」の名になじみのない方にも、つまようじの別名です、とお伝えすると「それなら知ってる!」と言っていただくことが多いです。植物名の通り、緑色の樹皮に付く黒い斑点が文字のように見えることが特徴です。真冬は森の中で真っ裸ですが、春到来の頃には薄黄緑の小さな花を付け、同時に葉が広がっていきます。秋に果実が熟し、黄色に色づいた葉が森を明るく照らすのもつかの間、静かに葉を落として土へ返っていきます。
クロモジの魅力を語るには事欠きませんが、最も印象的なのは枝葉の香りです。散策の途中でクロモジに出合ったら、葉っぱを1枚だけ森から分けていただき千切ってみると、途端に爽やかな香りが立ち上がります! その印象的な香りについて、民俗学の父・柳田國男は自著『神樹篇』(筑摩書房)で、「我々日本人の鼻の記憶、すなわちいつまでも忘れがたかった木の香」と表現しました。
ちなみに香りの強い植物は古来、邪気や病魔をはらう重要な存在でした。中でもクロモジの枝は、小正月の年神様に五穀豊穣を願う餅花飾りに使われる他、岐阜県の山間部では五平餅の串として、東北のマタギ(狩猟を生業とする人々)は仕留めた獲物を刺して山の神へのささげ物としたそうです。また滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山麓の炭焼き職人たちは、五右衛門風呂の湯にクロモジ・タムシバ・ニワトコを混ぜてつかったそうです。山小屋ならではの何ともぜいたくな香りの和ハーブ入浴で、一日の疲れも吹っ飛びそうだなと思います。さらに島根県の隠岐諸島ではクロモジを「福木(ふくぎ)」と呼び、お茶にして飲む習慣があります。胃腸の調子を整えてくれるとされていて、スープなどの香り付けや薬酒にも使われています。
クロモジは山あいでは決して珍しい樹木ではありませんが、その資源は有限です。先人への敬意を払いつつ、将来にわたり守っていきたい、日本の足元の宝物です。
植物民俗研究家/和ハーブ協会副理事長●平川美鶴
引用元「JA広報通信」